HUNGRY TO BE BETTER

ドミノピザは美味しいと思える、そうであるウチはなんとかなって、なんとかする

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寝て起きたらちゃんと書く、色々食らいすぎて立ち直れない、俺は健康的でなきゃイケないのに、何というか申し訳ない。

良い時間のトキだけは良い時間だった、それは間違いない、俺達は何も間違っちゃいない

 

ほんの少しは休憩した方がいい、止まり方を忘れるといずれ何かにぶつかるから

新潟への心意気

兎に角やらねば、なのだが…

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まあ、なんというか、新潟という場所じゃなくて、その場にいる人達とは何かと縁が有る。

それをやっぱ返したいし、僕らがその場にて、価値がある様に、例えばそう、存在証明が出来るのか、そういう事を考える必要がある

 

とはいえ、人生でハジメテ行く場所、友達は何も無いと言うが、魔力の様な何某は、意外にもあるんじゃないかと踏んでいる。

それと、読んでくれた彼らには言わなきゃイケない事があるし、怖がられようが、嫌がられようが、キレられようが、アウェイだろうが、僕らは僕らで有るだけってのは何回言ったろうか

 

緊張と緩和、破壊と創造、ラブとヘイト、アンダーとオーバー、矛盾に中途半端に、人間らしくキモく、それがモットーだったりもする

 

追記…

 

近頃の話、何処まで俺は、俺らしくあるべきかで、最近良く悩んでいる、ただ俺は、誰の傀儡でも無いし、俺は俺の思った通りにヤりたい、それでも一人じゃ当然上手く出来ないから、誰かの助けは必要で、それぞれの正解を尊重したい、所謂、柔軟というヤツには成れず、堅い頭で頑固に現代を楽しむのは一苦労って事がテーマに、苦しんでいる。

俺はそもそも、楽しんで生きたい、それに尽きる、これは冷たいのかもしれない上に、何度も言うが、俺がやっているロックバンドは、一つの手段でしか無い、ある種、実験でもある

 

人生100年とはいえ、試せる事は限られてくる、どうせ人は死ぬ、これは魂がどうの、悪魔と契約してその先を生きるどうの、そう言う話ではなく、単に、人は死ぬ、目で見れて耳で聞ける情報の先は、思考する必要が無いと、カントという哲学者も言ってたらしい(極一部分を著しく摘んだ解釈)。

だから俺は、出来るだけ、自らが面白いと思える結果になる様、様々な事を試す、根本にバンドというのは、それが楽しくやり易い、だから俺はバンドを選んだ、後付けだが、続けているのはそう言う事、じゃなきゃとっくにYouTuberだ

 

しかして、こう開き直っている様で、臆病な自分がいるのか、誰しもにある様な後ろめたさがずっと僕には付き纏っている。

これは果たして、いつか消えるんだろうか、何故後ろめたいのかも正直、分からない、納得の上で僕はこういう生き方をしているけれど、そうでない人に対しての憧れが強いんだと思う

 

本気で一つの作品を死ぬまで描くつもりの人や、マジで世界の常識を変えようとしている人、ロックバンドで全く新しいモノを作ろうと奮闘する人、僕は個人的にそういう在り方をする人に対してのリスペクトが非常に強い、無理無理と笑うのではなく、僕には出来ないし挑戦もしないが、何かに挑み続けてくれる人が身近に居てくれるのは単に面白いし、やはり僕なんかよりも、よっぽど知見も広く、思考も深く、つまるところ、馬鹿じゃない。

俺はある種、戦いから逃げている、そう捉えられてもおかしくない、最初から戦うつもりなんか無いと、そういう風に取られても文句は言わない、勿論俺は革命を起こすつもりなんか無い、政治的な事や社会的な事にも、触れるつもりは無い、極個人的な範疇において、偶然敵対する事があればそうかもしれないが、それは俺にとって半径4畳半の世界で完結すべき話に過ぎない、大雑把に、世界じゃなく、セカイって事でもある

 

これは僕にとっての美学だ、他人への干渉を意図的にするなんてのは余り美しく無いと考えている上で、僕の世界に参加してくれるのは嬉しい、つまるところ、僕個人を極めたい訳だ。

前述した様に、僕は中途半端、それに重ねて嫌な奴だと思う、しかして、それが美しいとすら思ってしまう、極端に言えば、世界中がそんな奴らになろうと、僕がたったの100年、いや、半分でも良くて、その時だけ、思い通り生きていければそれで良い

 

他人への怒りは、自らの力不足、変える気が無い以上、自らが変わらない様に戦う。

俺の戦いはそういうモノで、あんまり理解されないし、面倒だと罵られるけれど、それで良い、面倒である事もまた、美しい

 

全てのことを、俺がやるから良い、で完結してしまうのは、恐らく危険思想となる場合もある。

例えば、僕が人殺しを経験したい(当然そんな事に興味は無い)と言い出せば、それすらも成り立ってしまう、ただ、弁えるべきは倫理で、それは僕の中の誰かを考えるべきで、それは果たして僕なのかを、客観的な俺が見つめる必要がある

 

だから思考は止めるべきじゃ無い、全てのことに言い訳が立つ様開き直っているだけじゃ無い、これもまた、ひとつのバトルだと思う。

それもこれも含め、結局俺は、俗な男に過ぎない、俗悪だ、マジョリティだ、レプリカだ、だが、俗悪も極めれば、優美であり、マイノリティであり、オリジナルになる、偽物も、偽物なりの理由があって偽物だ、俺は本物になる気はない、本当の意味で偽物がお似合いで、それは拗ねてるんじゃなくて、そんな自分に価値を感じているから、敢えてそう言っている訳だ

 

親父は自らを所詮ミーハーだから、と蔑んでいたんだけれど、俺はそれの何が悪いと思う、端的に言えばダサいとか色々あるし、そう思った事も正直ある、だけれど、親父は親父だ、それを選んだ結果、今があって、俺を産んで、俺がこうだ。

俺だってミーハーだ、だがそんな自分が好きだ、親父はもっと他の部分で褒められたいんだろうが、俺の母親を選び、俺を産み、俺に北斗七星の斗を名として付けたというところで、俺に俺である様、育ててくれただけで、当然だが、敬意がある、息子が自らを好きだと語るのは、素晴らしい事だと、本当の意味で勝手に思っている

 

それこそ、家族は自分だ、ある種鏡だ、捨て置けない存在で、関係ねーよと切り離せねー、一生の繋がりだ、死のうが行方不明になろうが勘当されようが何されようが犯罪者だろうが、親は親だ、それは誇りにもなり、業にもなる。

俺は不幸にも愛された、そして、幸運にも愛された、親不孝者極まりないけれど、理想通りでないけれど、俺は立派に育ち、悩み、揉まれ、苦しみ、愉しみ、働き、サボり、泣き、笑い、出会い、別れ、そしていつか死ぬ

 

これは誰に押し付けるでも無い、親を恨むべき人もいれば、愛するべき人もいて、それに決まりはなくて、たまたま俺が、誇りに思っているだけ

 

何でこんな事を急に思ったかと言うと、今の俺は、僕の在り方を悩む親父と重なったから。

自らを慰め、間違ってないと正すために、親父を讃えた、悪く言えば利用して、納得しようとした、良く言えば、思い返し、誇りに思えた

 

俺は親になった事が無いから分からないけれど、息子娘というのは、殆どの場合、写鏡のようなモノなんだと勝手に思う、センシティブな事だから、全てにおいてとは当然言わないし言えないが、ウチに限ってはそうだった。

そうした上で、確認したいのは、俺は、写鏡としての部分に後ろめたさを感じ、そして、オリジナルの部分で自らを誇っているのか、というところ

 

これは単なる自問自答に過ぎないけれど、こんなことばかり考えて、狂うのもひとつ、楽しいと思うし、メフィストフェレスに話を持ちかけられる程の男になりたいのかもしれない。

ただ、俺はそうはなれないし、くだらないし、しょうもない、ダサい、ただそれでしかない

 

それで良くて、そんな自らをもう少し、黒いマントに覆われない様、愛してあげたいだけ。

それにはもしかしたら、誰か、が必要で、強要ではなく、段々と、四畳半は変わらず、狭いまま、拡げていきたいんだと、ワガママに思ってしまう

 

明日はそういうライブをする、俺は嫌な奴だから

おーっと、病むのか!?

正直、最近マジで上手くやれてない、裏で進めなきゃいけない制作は止まっているし、作詞作曲編曲の面でも時間をかけ過ぎている

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うまくやらねば、と思えば思う程、思う通りに物事は進んじゃくれない、当たり前か。

少し一旦間を置く必要がある気がしたけれど、そうはいかない、止まれない、意図的以前に、必然で停まってしまっている以上は、そんな余裕は僕らに無い、才能だけでなく、運も必要

 

もう少しだけ、待っていて欲しいし、病まない!

誰しもの隣人

俺が興味を示すのは、知らない奴、つまるところNPCの何某ではなく、顔や声と気持ちをある程度認知した上で、ソイツが奥底に抱える感情や知見、それらだという事を発見

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僕に今のバイト先を紹介してくれたレナ君、彼は俺個人の前例には無い程、パッと見てとれる、サッと会話してとれる印象とは非常に乖離した人(とは言えどちらの彼も彼)で、僕は今、物凄く彼に興味を示している。

彼はとても本を読む人なので、本人はお耽美で恥ずかしいと言っていたが、何か掴めるところがあるかも!と、一生懸命苦手ながら現在読書に勤しんでいる、しかして、苦手だ

 

人のブログとかなら簡単に読めるが、不思議と本は読めない、良い作家に出会えていないとかはあるんだけれど、単純にそこまで興味が湧かず、疲れてしまう訳だ、分かる人は多い気がする。

それは何故か、一度読み始めたら最後まで読まなければイケ無いという使命感がひとつあると思う、それはまるで、学校でのお勉強で、やらされている感が生理的にキツい、好きな授業だって、自分で勝手に始めるよりキツかった、要はタイミングを自分で選択出来ないからだと思う

 

これに重ねて、僕は記憶力が無い、だから、急がないとこれまで読んだ内容を忘れてしまう、故にタイミングではなく、使命感で続きを読まなければというところで、嫌だ!ってなっちゃう

 

ブログもそうじゃない?となる、まあ、殆どが短いとかそういうのはあるが、そもそも、興味の質が違う、その人の人間にある程度興味を持った上で読み始める、その人の様々だから、面白いに決まってる、あの時ああ言っていたのは、こう考えていたからか、の答え合わせは楽しいに決まっている。

絵も動きもなく、ひたすら文章となると、頼れるのは想像力、想像力は自分の経験に頼るところが多い気がする(山と書いてあれば自分が見た映像や景色から想像する)から、誰が書いているか、が分かると段違いで面白い、それはもう、漫画やアニメと同じになるから、非常に読み易いモノに化ける、どれだけ長かろうと、興味さえあれば楽しく読める、とはいえ限界や好みはあるんだけれど

 

これは音楽も近しいと感じた、全然、人や感情が見えずとも、音楽のみの美しさを追い求める人だって当然いるんだけれど、僕は殆どそうじゃない。

誰が何故そう思って、こうなったのか、それを由来に楽しめる、これもまた、想像力を頼る娯楽なんじゃないかなー、とか思った、究極文学も音楽も人の感性に依るけど、僕は現状こうだと思う

 

NPCの感情に興味は無いが、自らの目の前に現れて、笑ったり泣いたりした奴には結構興味が湧くってだけの話、つまり当事者意識があるだけで割と違うんじゃないかと、拙い語彙力で書き記したかった、あんまり日記になってないね

 

昨今話題の「ゆっくり茶番劇 商標登録」についても、興味を示さなくなったのは、気付けば俺が当事者では無くなっていたからだろうし、少し見下すような感覚になっているのは、過去の自分を否定してしまっているからだと思う、凄く恥ずかしいけれど、事実としてそうだった。

もう少しその当事者意識を広げたいのかもしれない、それもあって、本を読む事に再挑戦している、以前も再挑戦していた気がするけれど、今回は恐らく、いや、今回も恐らく失敗する

 

だけれど、経験としてやはり欲しい、少なからず、多くの人に支持されて評価されたエンターテイメントだってのはある、俺もエンターテイナーになりたいから、知りたいというか、知るべきな気はする。

俺は現状、出せる正解として、今までも出していたかもしれないが、誰しもの隣人になりたい

 

多くの人に、当事者となって欲しい訳だから、これに関しては逃げずに挑んでいきたい

消費期限切れのコロッケ

今日は20:00から予定が合ったが、怠くて21:00に起床、もう別に良いだろ、の感覚

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最近はこの蜘蛛さんがウチを守ってくれている、ありがとう、とても感謝している、汚ねえ部屋にコバエが湧かないのはコイツが居るから、間違って踏み潰さない様に尽力します。

今朝7:00くらいまで、一生懸命メールを作成する等、さながら、持ち帰り仕事をするサラリーマンの様な、いや、それは敬意が足りない、謂わばそうだ、夏休み最終日に焦って答えを写す小学生の様な感覚だった

 

そこでふと、思い出したのが、贅沢してやるぞ!と買った2つで150円の牛肉コロッケ、1つは勿体無いからと余らせていた訳。

それを冷蔵庫から取り出すと、どうやら消費期限が丸一日過ぎている様だ、貧乏知識には疎いので、世間話も兼ねて吉村君にラブコール、イケるよ!とのこと、実際食ったらイケた、1つ目よりは不味かったが、ソースをベチャベチャにしたら分からん

 

今に戻る…

 

遅刻しているのにも関わらず、コーヒー牛乳を買ってしまい(これまた贅沢)、一服しながらこれを書いている、最近はめっきり制作に苦戦中。

楽曲のツメが甘いと、最近色々な音楽を聴いていて思うせいか、色々な事柄に納得いかなくなっている、故に、新しい曲を作っても、アレンジを凝りすぎて世に出すまでに時間がかかりそうだ、これは成長と捉えるべきか、横着と捉えるべきか

 

元々ある楽曲の再構築にも挑んでいる為、最近のスタジオはよく考えるとピリピリしているというか、ヒリヒリしている。

足りないのはヒリヒリ感だと考えたのはここ最近の事、緊張と緩和、アンダーグラウンドなのにオーバーグラウンド、スクラップ&ビルド、一見矛盾や無駄に思える行為にこそ価値を考える僕は、それに注力せねば、という気持ちになるのは、遅かろうが自然な事だった訳だ

 

良いとか、ヤバいとか主観の話は置いておいて、今の僕達は、ロックバンドとしてこれまで以上に真剣だ、それが生きるということなのだろうか。

俺が組んでいるバンドは苦労するだろう、消費期限の過ぎたコロッケの様なモノなのかもしれない

 

ならば、ソースでバチャバチャにしよう、それが俺の拘りと雑味と甘えと魂なのだ

責任は不自由

今日はスタジオだった、昨日はJFKの企画

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色々な話を聞いたが、やはり、俺はどう思われたいか!という事をより考える必要がある。

俺はあくまで、核となる存在である、というのは自意識過剰ではなく責任だとは少し思う、無責任に演りたいが、責任は不自由であり、不自由は自由だ、俺が為すべき、やるべきに関しては、不自由で有り続けたいという熱望はある

 

写真は、朝方「もうここで寝る…」と言い残しベンチで潰れた椿

師匠のバンド、道端の友達

今日は本来ミラクルブロマンス(通称ミラブロ)を観に行く予定だった、言うまでもなく、師匠のバンドだ

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観に行く予定だったと言うのは、結局、信じられないくらいの寝坊をして観れなかったという訳。

とはいえ、会いたい!みたいな気持ちだったので、彼らの居る最寄りへ、久しぶりに会えたのはミラブロ新メンバーであるクマザワさん、というか、元メンバーが復活という流れだ、俺は個人的に勝手にアツい、本当に嬉しい

 

改めて、自らの在り方とか、お互いの位置関係を確かめ合ったりして、良い時間を過ごせた、それと、クマさんに拾ったとされるレイバンのサングラスを貰って超嬉しかった、更にはパスタを奢ってもらった、この恩義はいつか必ず。

俺はもっと、思考をしなければいけないという気にさせてくれるから、師匠には定期的な教えを乞うというか、沢山話さなきゃイケないと思う、僕の現在位置は最低だ、結構反省しなきゃダメな部分が多いと思う、しっかりしなきゃ

 

それと、師匠曰く、僕らは蒲田のハードロックバンドとのこと、よく考えると、そうだな、という部分が多くて、嬉しかった、良い言葉を貰えたと思う、心酔し過ぎだろうか、まあ、俺の勝手だ、何に心酔しようが、それが正解だし。

師匠達は終電なもんで、早々に解散、俺は折角来たからという事で、もう少し居座る事に

 

んで、一人で何すっかなー、とボーッとしてると、ライブ終わりの夏月君(pavilionの男)に遭遇、そういえばちゃんと話せて無いなずっと、と思って、話そうよ!とらしくもなく、話しかけてみる事に

 

結果的に、彼が沢山のコンプレックスを抱いている事、意外とそんなに遠く無い事、思ったより喋ってくれる事、やっぱり終電には帰る事が分かってよかった、友達になれただろうか。

お互いの、経緯とか理由を沢山話せた気がする、夏月君は存外俺みたいな奴にもリスペクトを払ってくれている事が分かって、本当に嬉しかった、格好良い人に認められたいんだろうな俺は素直に

 

それと、最寄りが近いもんで、俺も一緒に終電で帰ってみた、実は帰り電車での小声が一番信憑性があると勝手に思っているから、個人的に価値のある時間を過ごせたと思う。

二つのバンドを抱える苦悩とか、楽しさとか、自分への納得がどうとか、他人への怒りや尊敬は、勉強になる、じゃ無いけれど、知れて良かった、知る事から僕は逃げちゃイケないからね、最後は俺がwash?ってバンド超良いよ!なんてタイムリーな会話をしてバイバイ、さっきLINEで、好きな感じだわ!って返ってきた、改めて、友達になれたんじゃ無いだろうか、道端で声をかけたくなる理由が有るくらいには

 

しかして、俺は最近よく街に繰り出している気がする、多分、寂しいんだろうな。

一人になると、病んで(あまり好きな言葉じゃ無いけれど)しまう、インプットと称して、沢山の作品に触れたりする様心掛けてはいるものの、思考は加速させればさせる程に、落ち込んでいくモノなんだと思う、下るところまで下るとまた、見える景色もあると勝手に思ってはいるけれどさ

 

そんな一日だった、そろそろ制作にも手をつけたい